「釜石はまゆりサクラマス」をより一層おいしくさせる秘訣―神経締めと脱血にあり

掲載日2024.08.27
最新研究

農学部 食料生産環境学科
教授 袁 春紅
水産食品化学、水産食品加工学

概要

サクラマスは日本の在来種であり、世界的な和食ブームの中、その人気はますます高まり、今後さらに消費量が増えると見込まれます。一方、気象変動で秋サケ不漁の代わりとして、各地で養殖が広がっています。
本研究は、岩手大学三陸水産研究センターのサクラマスを用いて、氷蔵期間中にサクラマスの死後硬直の発生、ATP関連化合物、K値、遊離アミノ酸、ドリップロス、pHなどを測定し、神経締め及び脱血処理がサクラマスの品質に与える影響を分析しました。その結果、神経締め及び脱血処理は、サクラマスの死後品質を高める上で有効であることが明らかとなりました。特に、甘味やうまみに寄与する遊離アミノ酸の量が増加し、ドリップロスが減少したことが特徴的です。
この研究は、サクラマスの品質向上における神経締め及び脱血処理の有効性を科学的に裏付けるものであり、今後の水産業における処理技術の発展に寄与することが期待されます。また、AI技術を用いた自動化処理を実現することで、産業規模での効率的な品質管理が実現するでしょう。さらに、サクラマスの風味を向上させ、消費者満足度を高めるための基盤となるデータを提供し、世界的な和食ブームにおいてサクラマスの需要増加に対応するための重要な知見となります。
この研究成果は、岩手大学学内農工連携の研究グループによって、2024年7月に国際誌『Journal of Food Composition and Analysis』に発表されました。

背景

「釜石はまゆりサクラマス」は2020年10月から岩手大学と釜石市が産学官連携を通じて、養殖事業を進めてきたサクラマスです。2023年にはサクラマス養殖の生産量が日本一となりました。試食会での感想は、「脂がのっていて、さっぱりして食べやすかった」「生臭みがなく、魚が苦手な人にも味わってもらえる」などと大鼓判でした。
魚の締め方は「野締め*?」と「活け締め*?」の二通りあります。神経締めは、活け締めの方法の一つで、ワイヤーを用いて背骨近くを通っている神経を破壊することで、魚のストレスを軽減させ、アデノシン三リン酸(ATP)の消費と死後硬直の進行を遅らせる効果があるとされています。また、脱血処理は、魚の貯蔵中にミオグロビン、脂質及び筋原繊維タンパク質の酸化レベルを低減し、肉色を改善し、不快な臭いを抑制できると報告されています。

釜石湾にある「釜石はまゆりサクラマス」養殖生け簀

研究内容

三陸水産研究センターのサクラマス20匹を用いて、神経締めと脱血処理を行った区と野締め(対照区)の2区に分け、捕獲後0℃下で0~70時間保存期間内の品質変化を死後硬直の発生と進行(死後硬直指数*?)、ATP関連化合物とK値*?、遊離アミノ酸の含有量、ドリップロス、pH値の6つの指標で評価しました。

研究成果

神経締めと脱血処理したサクラマスは、対照試料と比べ、死後硬直の発生を遅らせ、また最大硬直の持続時間を長くする効果があることが明らかとなりました。一般的に、硬直発生前の期間が長い魚は鮮度が長持ちする傾向があります。死後硬直の遅延は魚肉中のATPレベルの維持を意味し、鮮度保持に有益だからです。 日本では、捕獲後から完全に硬直するまでの期間を「生きている」状態と呼び、市場では活魚とほぼ同等の価値を持ちます。なお、死後硬直の発生には、締め方の他、魚種、温度、生物学的構造、個体差など、いくつかの要因が影響しています。
遊離アミノ酸では、アンセリン(Ans)が最も多く検出され、70%以上を占めました。Ansはβ-アラニンと3-メチルヒスチジンを含むジペプチドで、サケに多く含まれることが知られています。Ansは生理的pH範囲内で強固な緩衝能を持つことが知られており、嫌気性バースト遊泳の促進に重要な役割を果たしていると考えられています。また、Ansが哺乳類の細胞を酸化ストレスや傷害から守る上で重要な役割を果たしていると報告されています。また、タウリン(Tau)、グルタミン(Gln)、トレオニン(Thr)、セリン(Ser)、グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、ヒスチジン(His)、グルタミン酸(Glu)なども重要な成分として挙げられます。
風味に寄与する遊離アミノ酸とATP関連化合物のIMP(うま味)、HxR(苦味)、Hx(苦味)の含有量を分析した結果、神経締めと脱血処理区は、特にThr、Ser、Glyの含量が高く、これらが魚肉の甘味を増強しました。さらに、Gluは旨味を寄与するアミノ酸として、特に神経締めと脱血処理を行ったサクラマスで、保存期間中に顕著に増加しました。また、イノシン酸(IMP)や苦味に関連する化合物であるヒポキサンチンリボシド(HxR)とヒポキサンチン(Hx)について、IMPは保存期間の中期で最も高い含量を示し、神経締めと脱血処理を受けたサクラマスでは、保存が進んでも高いレベルが維持されました。一方、HxRとHxは保存期間が延びるにつれて増加しましたが、ヒスチジン(His)は保存後期においても顕著な増加は見られませんでした。全体として、神経締めと脱血処理は、サクラマスの風味向上を影響し、特に甘み、うま味成分の維持や増加に寄与し、豊かな風味を持たせたことが明白になりました。
また、神経締めと脱血処理区はドリップロスが少なかったことから、筋肉の品質を維持し、風味に関連する遊離アミノ酸の保持を改善するのに役立つ可能性があることが示唆されました。 pHはどちらの処理でも6.2~6.5の間で変動し、有意差は見られませんでした。
以上の結果をまとめると

  1. 神経締めと脱血処理は、サクラマス筋肉のATPの加水分解を遅らせ、初期K値を低く、より良好な品質が保たれることが確認されました。
  2. 神経締めと脱血処理は、氷蔵期間中魚肉の甘味とうま味を向上させ、風味を豊かにしました。
  3. 神経締めと脱血処理は、魚のドリップロスが減少し、風味物質の流出を低減できました。

今後の展開

今後はAI技術を活用して魚の大脳と脊髄を正確に特定し、神経締め自動化処理を実現することで、産業化が可能になります。また、風味の向上と消費者満足度の調査を行い、官能評価試験を通じて、処理方法と風味の関係をより明確にし、消費者満足度の向上を図ることが今後の目標となります。

参考図

図1:氷蔵中のサクラマスにおける硬直指数の変化
図2:氷蔵中のサクラマス風味成分の含量比較。(A)甘味、(B)旨味、(C)苦味、(D)ヒートマップクラスタリング。有意水準; *: p < 0.05; **: p < 0.01; ***: p < 0.001.

掲載論文

題目:Postharvest quality evaluation of masu salmon (Oncorhynchus masou) during ice storage by spinal cord and bleeding
著者:王卓琳(岩手大学大学院連合農学研究科)、藺禹萌(岩手大学大学院連合農学研究科)、盧忻(岩手大学理工学部)、Faria Afrin(岩手大学大学院連合農学研究科)、田元勇(中国?大連海洋大学)、平井俊朗(岩手大学三陸水産研究センター)、高木浩一(岩手大学理工学部?岩手大学次世代アグリイノベーション研究センター)、袁春紅(岩手大学農学部?岩手大学次世代アグリイノベーション研究センター)
誌名:Journal of Food Composition and Analysis
公表日:球探足球比分6年8月10日(オンライン:8月2日 https://doi.org/10.1016/j.jfca.2024.106606

用語解説

  • 野締め
    漁獲した魚を海水氷中に放置し、自然に息絶えるのを待つ方法です。
  • 活け締め
    魚を捕獲後、すぐに脳や神経を破壊することで迅速に死を迎えさせる方法です。
  • 硬直指数
    本研究の硬直指数は魚体の中心部から尾端までの垂直距離を測ることで算出しました。
  • ATP関連化合物とK値
    ATP(アデノシン三リン酸)は、魚の筋肉内に存在するエネルギー源で、魚が生きている間は筋肉の収縮やその他の生理機能を維持するために使用されます。魚が死ぬと、ATPは分解され、ADP(アデノシン二リン酸)、AMP(アデノシン一リン酸)、IMP(イノシン酸)、HxR(ヒポキサンチンリボシド)、Hx(ヒポキサンチン)などの関連化合物に変わります。これらの化合物は、魚の鮮度や風味に影響を与える重要な指標であり、特にIMPはうま味成分として知られています。一方、HxRやHxの増加は、鮮度が低下していることを示します。
    K値は、魚の鮮度を評価するための指標であり、ATPの分解によって生成される化合物(HxR、Hx)の割合を基に計算されます。
    K値(%) =(HxR+Hx)/(ATP+ADP+IMP+AMP+HxR+Hx)×100
    K値が低いほど魚の鮮度が高く、逆にK値が高いと鮮度が低下していることを示します。一般的に、K値が20%未満であれば鮮度が良好とされ、50%を超えると鮮度が劣化していると判断されます。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
?本研究は、日本学術振興会(No. 19H05611)の支援(研究代表者:高木浩一)および岩手大学大学院連合農学研究科IU Student Research Grantの支援(研究代表者:王卓琳)を受けて行われました。

本件に関する問い合わせ先

農学部 食料生産環境学科
教授 袁 春紅
019-621-6128
chyuan@iwate-u.ac.jp